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留学情報
留学体験談
交換留学(オクラホマ大学)
オクラホマ大学_原 七海さん
- プログラム種別
- 交換留学
- 留学年
- 2024年
- 言語
- 英語
- 地域名
- 北アメリカ
- 行先国名
- アメリカ
- 大学名
- オクラホマ大学
- 部局名
- 農学部
- 課程
- 学士
- 新渡戸カレッジ
- 非該当
オクラホマ大学(アメリカ)2024年8月~2024年12月
【所要経費】
おそらく100万円程度かかったと思います。
1.渡航前の手続きについて
①ビザ(VISA)又は滞在許可書
J1ビザを大阪の領事館にて申請(札幌ではできませんでした)。私は6月の初めにDS-160と呼ばれる書類をオンラインで提出し、6月末に領事館にて面接を受け7月頃にビザを取得しました。経費はすべて合わせて日本円で6~7万円程度かかったと記憶しています。
②航空券について
中華航空を利用して台北経由でシアトルまで行き、そこからアラスカ航空を利用して最寄のウィル・ロジャース・ワールド空港まで行きました(空港からは大学の送迎タクシーを利用、所要時間30分程度)。
2.到着直後の手続きについて
①大学関係
学期が始まる前に留学生(正規留学、交換留学問わず)対象のオリエンテーションがあり、生活全般について説明を詳しく受けました。グループ分けされておりそのなかで親しい友達もできました。履修登録や寮の入居手続きは明快で特に困った点はありませんでした。
②滞在許可書関係
特に申請しませんでした。
③その他
なし。
3.留学生活について
①大学関係
とにかくキャンパスが広大で、キャンパスの端の寮から授業のある棟まで歩いて20分以上かかるため学生のためのバスが1日何本も通っていました。自然が豊かで季節の移ろいを楽しめる美しいキャンパスでした。図書館が大きくて自習スペースが十分にあり、空きコマだけでなく休日も多くの学生が勉強していました。
②大学の所在する街(町)の様子
キャンパスのあるNormanの治安は非常によかったです。ただ、アメフトの試合のある週末は街中の人が大学周辺に集結してお祭り騒ぎになるのでクラブやバーには近づかない方が無難かも、です。とはいっても物騒な話はほとんど耳にしなかったように思います。気候については夏が長くむしむしとしていて本州と似たものを感じました。半袖の服をもっと多く準備しておけばよかったと思った記憶があります(10月下旬でも半袖を着ていたかもしれません)。田舎なので近くの大きいスーパー(Walmart)までは車かタクシーでないと行けません。私はルームメイト3人と一緒にWalmartの宅配サービスを契約し(1か月無料を一人ずつまわしてほとんどの期間を無料で乗り切りました)、1週間に1度くらいの頻度で利用しまとめ買いしていました。安く乗り合いタクシーに乗れる地域独自のサービスがありそれを利用している友人もいました。
③授業について(そのⅠ)
授業の内容はすごく難しいというわけではなく、ある程度の英語が理解できればついていけると思います。北大の授業と比べると圧倒的に先生と生徒のやりとりが多く、分からないことはその場ですぐ質問したり先生と頻繁にディスカッションしたりしていました。課題はとにかく多く毎日追われていました。先生もすぐにフィードバックをくれるので学んだことをすぐ復習して定着できるよいシステムだと思いました。成績評価は明快で課題や試験のスコアによって加算されていきました。
④授業について(そのⅡ)
(最も興味深かった授業)
計量経済学
留学前から楽しみにしていた授業でした。というのも北大の自分の学科ではそれに特化した授業がなく、理論は学べても実践できないという状況でした。この授業ではRというプログラミングソフトの使い方を理論と並行して学べました。最終課題では自分の興味に基づいた解析をして論文のような形に仕上げるということもして、大変でありながらすごく充実していました。
(最も困難だった授業)
マクロ経済学
北大での授業よりも発展的で内容も多岐にわたり、ひとつひとつ理解していくのが大変でした。課題も毎週あり、点数もシビアにつけられていたので留学生の友達と協力して取り組んでいました。試験も学期中に計4回もあり負荷の高い授業でした。
⑤大学が提供するサービスについて
4.住居と食事について
① 住居
寮でした。ルームメイトは4人でそれぞれベッドルームは個室でシャワールームを2人で共有、キッチンとダイニングは4人で共有でした。プライバシーも保たれつつ気軽にダイニングでお喋りもできる最高な環境でした。寮費は1か月10万円ほどと高かった記憶があります。大学までの通学時間は歩いて20分ほど、バスで10分でした。
② 食事
基本的に毎日自炊していました。学食のミールプランもありましたが非常に高価だったので昼ごはんもお弁当を持参しました。外食はたまに友達と遊ぶときには利用していました。
③インターネット環境
自分のノートパソコンを持参しました。住居内ではWi-Fiも自由に使えましたし、特に不自由な点はありませんでした。
④住居に関するアドバイス
強く勧めたいです。適度な距離感でいられるので集中したいときは部屋にこもり、話したい気分のときはダイニングで語り合い、と非常によい時間を過ごせました。同じ寮に住む他の部屋の子達とも行き来して楽しめるはずです。大学周辺には娯楽施設がほとんどないので部屋で映画を見たりそれぞれの国の料理持ち寄りパーティーをしたりと非常に濃い時間を過ごせました。(1階は虫が結構入ってきていたようなのでできれば上階をおすすめします)
5.留学生活全般について
私は分からないことは分からないと言い、困ったときは自分から助けを求めるべきだ、ということを学びました。この留学で一番大変だったのは現地に到着する前まででした。オクラホマ到着前の最後の経由地シアトルで私は飛行機を目の前で見送ってしまったんです。飛行機に乗りこむとき、搭乗順にグループが呼ばれると思うのですが私は英語でのアナウンスが聞き取れなくてひたすら自分のグループの順番になるのを番号が表示されるモニターをじっと見つめながらひとりで待っていました。でもいくら経っても表示されない。いつ順番が来るのだと待っていましたが一向に順番にならないのでカウンターに恐る恐る聞きに行くと、「残念ながらさっきゲートがしまったところなの」と言われてしまいました。呆然としました。でも乗れないものは乗れないので改めてチケットを手配してもらいましたが、1日1便しか飛んでいないので空港で1泊して待つしかなくなりました。次の飛行機を待つ間自分はどうすればよかったのか考えていると、
やはり人に聞くべきだったと思いました。知らない人に、しかも英語で話しかけるという勇気がなかったせいで飛行機を逃してしまった。次の日は迷わず近くの方に経緯を話し、できれば搭乗が始まったら教えてほしい、とお願いすると快く引き受けてくれ無事にオクラホマへ到着することができました。
エピソードが長くなりましたが、この経験から助けが必要であるときはためらわず声を上げてそれを求めても良いのだと分かりました。その後の授業でもどうしてもうまくいかないことや理解できない部分があったりしましたが、その都度先生に分からないので教えてほしいですとお願いしたり、友達と協力して対処したりと分からない、できない自分を認めて素直にそれを伝えることができるようになってきました。留学前の私はあまり人を頼れず自分でなんとかできるなら自分の中だけで完結させたいと思っており今でも完全に変われたとは言えませんが大きな変化はあったと感じます。
アメリカでは人種差別されるのではないか、などの不安が少しありましたが実際はアジア人の見た目をしているからとか英語がネイティブと違ってつたないから、とかいう理由で区別されることがなく非常に過ごしやすい国だと思いました。また、ハロウィンやクリスマスといったイベントごとも充実しており勉強と遊びどちらも全力で挑む友人にはすごく刺激を受けました。就職活動に関しては留学を決めた時から大学院にいく予定だったのでしませんでした。留学中に取り組んだことが卒論で活きたりと実りある留学生活だったと思います。